犬の僧帽弁閉鎖不全症と利尿薬(フロセミド)

犬の僧帽弁閉鎖不全症

犬の僧帽弁閉鎖不全症の治療に使う、利尿薬のフロセミドについて解説します。

結論

フロセミドについて重要なことをまとめるとこうなります。

  • フロセミドは尿を出させるお薬
  • 肺水腫など、心臓病によって起こった血液の渋滞が原因の症状によく効く
  • そんなに危険な薬ではない
  • 効きすぎにならないよう、血液検査や元気食欲でチェックしよう
  • 薬の耐性や、水分制限は気にしなくてOK

以下、順に説明していきます。

フロセミドとは?

フロセミドは利尿薬の中でも代表的なお薬です。

利尿薬はおしっこをたくさん出させるお薬のグループ名ですが、フロセミドは数ある利尿薬の中でも代表格中の代表格、ザ・利尿薬といえる位置づけのお薬です。

利尿薬の大まかな分類とフロセミドの位置づけ。覚える必要はありません。

犬の僧帽弁閉鎖不全症に対しては、特に肺に水が溜まったとき(肺水腫)の治療としてよく用いられます。

フロセミドの製品

市販されているフロセミドの商品名といえばラシックスです。
有名すぎて、フロセミドよりもラシックスという名前のほうが馴染み深い人もいるでしょう。

「なんで名前が2つあるの?」と混乱する方のために、薬以外の商品も含めて例を挙げると

一般名商品名
ツナ缶シーチキン
セロハンテープセロテープ
接着剤ボンド
フロセミドラシックス

という感じになります。

同じラシックスの中でも、1錠あたりに含まれるフロセミドの量が10mg、20mg、40mgなどと複数の種類があります。

フロセミドのはたらき

フロセミドの働きは、尿をいっぱい出させることです。
本当にいっぱいで、普段の数倍から10倍以上もの尿が出ます(出典1出典2)。

尿を作っているのは腎臓です。
腎臓は身体の中にあるいろいろな物質を水に溶かして捨てたり、必要なものを回収したりして尿を作って排泄しています。

腎臓での尿の作られ方のイメージ。覚える必要はありません。

詳しく話すと難しいので簡単に説明すると、フロセミドはこの腎臓が行っている物質のやりとりに働きかけ、結果として尿の量を増やします。

何で心臓病に利尿薬を使うのか?

そもそも、なぜ尿を増やすお薬を心臓病の治療に使うのか?

簡単に説明すると

利尿薬を使う
 ↓
尿がいっぱい出る
 ↓
身体の水分が減る
 ↓
血液の量も減る
 ↓
血液の渋滞が緩和する
 ↓
血液の渋滞による症状が緩和する

という理屈になります。

心臓は血液を送り出すポンプなので、どんな心臓病であろうと、病状が進めば血液をうまく送り出しにくくなり、あちこちで血液の渋滞が起こります。
利尿薬は身体の中の水分を減らし、それによって血液の量を減らすので、血液の渋滞を緩和します。

交通渋滞でたとえるなら、「世の中のクルマの台数を減らしていけば、渋滞は緩和する方向に向かうでしょ?」みたいな考え方です。

フロセミドはどんなときに使う?

犬の僧帽弁閉鎖不全症に対しては

  • 肺に水が溜まった(肺水腫)
  • その他

のときにフロセミドが使用されます。

肺に水が溜まったとき(肺水腫)

フロセミドは肺に水が溜まったときに使われます。

特効薬と呼べるほどの効き目で、フロセミドによって肺水腫から回復し、一命をとりとめた犬はたくさんいます。
肺水腫になると呼吸が苦しくなったり、動けなくなったり、元気や食欲が無くなったりしますが、うまくいけばこれらの症状が目に見えて改善します。

犬の僧帽弁閉鎖不全症のガイドラインでもステージC以降、肺水腫になってからの使用がおすすめされています(出典)。

その他の使いみち

肺水腫への使用が基本ですが、それ以外の状況でもフロセミドが使われることがあります。

たとえば

  • まだ明確に肺水腫と診断はできないが、そうなってもおかしくない病状のとき
  • 心臓病による咳などの症状を緩和したいとき

などのケースではフロセミドが処方されることもあるでしょう。

フロセミドが効く根拠はない?

驚くかもしれませんが、僧帽弁閉鎖不全症の犬に対するフロセミドの有効性を証明した臨床試験はありません。
つまり、フロセミドの効き目については、「効くという確かな根拠はないが、経験的に効くとみんなが信じている」が正確な表現になります。

基本的に、薬が有効かどうかの判定には臨床試験が必要です。
今回なら、僧帽弁閉鎖不全症の犬をたくさん集めてきて

  • フロセミドを飲んだ犬たちのグループ
  • フロセミドを飲まなかった犬たちのグループ

の両者を比較して、薬を使ったグループのほうが良い成績だったということを示す必要があります。

しかし、今までにこのような臨床試験は行われていません。

なぜ行われないかというと、「明らかに効く(と信じられている)フロセミドを飲まないグループに入れられる犬がかわいそう」が理由の一つになります。
もしあなたの愛犬が臨床試験に参加することになったとき、明らかに効く薬がもらえないグループには入れたくないですよね。

ということで、フロセミドに関しては「臨床試験が行えないくらい効く」なので、有効性については心配しなくても良いかと思います。

ちなみに間接的な証拠ならあって、たとえば「フロセミドを使うと、パンパンになっていた心臓の圧力が改善する」という報告があります(出典)。
心臓病で肺水腫になるのは、血液の渋滞でパンパンになった心臓の圧力が肺の血管にも影響を及ぼすからなので、やはりフロセミドは有効だと言えそうです。

フロセミドの使用法

フロセミドを使う量は幅が広く、一言で言えません。
メインのところですと、「犬の体重1kgあたり0.5〜2mgのフロセミドを1日に1〜2回与える」くらいかと思いますが、状況によってはもっと少なく or 多く使います。
それくらい、犬の状態に合わせて量の調節をするお薬なんだと考えてください。

フロセミドは錠剤だけでなく注射薬もありますが、飼い主さんが自宅で与える場合はまず錠剤一択になります。
1錠あたりに含まれるフロセミドが10mg、20mg、40mgと複数の種類がありますので、愛犬の体重に合ったかたちで処方してもらえるでしょう。
味も特に問題がないようで、普通に錠剤が飲める子であれば、フロセミドを飲ませるのに苦戦することは少ないです。

動物病院では注射薬も使えますので、犬の状態に合わせて、静脈注射、筋肉注射、皮下注射、点滴などの形でもフロセミドを使用します。
「利尿薬の注射」と聞いたら、まずこのフロセミドの注射だと考えて差し支えないでしょう。

フロセミドの安全性

フロセミドは、心臓のお薬の中では使用に注意が必要な薬です。

と書くと不安に思うかもしれませんが、そもそも心臓病のお薬は安全性が高いものが大半なので、そんなに心配する必要はありません。

しかし、ネットでフロセミドの怖い話をいっぱい見聞きし、不安になる飼い主さんもいます。
「利尿薬は危険」と信じ込まされ、フロセミドを使えば助けられそうな状況でも頑なに利尿薬の使用を拒んだ飼い主さんもいました。

どんな薬でも安易に使いすぎるのは良くないですが、使うべきときに使えないのも問題です。
ここで安全性についてちゃんと解説しますので、不安があるならしっかり学んでください。

効きすぎると脱水状態に

利尿薬は尿を出させるお薬なので、効きすぎれば尿が出すぎになります。
尿が出すぎれば、身体から水分が必要以上に出ていくので、脱水状態に近づいていきます。

ただし、そもそも利尿薬による治療は意図的に脱水させる作戦ともいえますので、「脱水 = 悪」とまで考える必要はありません。
あくまで程度の問題で、脱水「しすぎ」になれば問題が出てくるという話です。

そして、脱水がひどくなると、いつもより元気がなかったり、食欲がなかったりと、調子が悪そうな様子になると考えてください。

腎臓の数値が上がる

利尿薬を使うと、血液検査の腎臓の数値が上がることがあります。
具体的には、BUN(Blood Urea Nitrogen: 血液尿素窒素)、Cre(Creatinine: クレアチニン)という項目の数値が上がります。

これを受けてか、「利尿薬を使うと腎臓が悪くなる」という話がありますが、これは誤解を生みやすい表現です。
正確には「利尿薬を使うと、腎臓が行っているゴミ処理の仕事に影響が出て、血液検査の数値が上がることがある」であり、薬によって腎臓がやられているわけではないことには注意が必要です。

ちょっと分かりづらいと思うので、もうちょっと説明します。
まず要点をまとめると

  • 利尿薬によって脱水が進むと、腎臓への血流が減る
  • 腎臓に老廃物がうまく届けられなくなる
  • 老廃物が届かないので処理できない
  • このときに血液検査をすると、腎臓の数値が高く出る

となります。

つまり、腎臓がやられているのではなく、脱水で腎臓に老廃物が届いていないだけです。

「ゴミ処理ができない」という結果は同じでも、その理由が「ゴミ処理場が破壊されたから」と「ゴミ処理場にゴミが届かないから」では状況がまるで違います。
フロセミドは腎臓を破壊するわけではありませんので、フロセミドによる脱水で腎臓の数値が上がっても、水分を補充してゴミが届くようにすれば数値は改善していきます。

そもそも「腎臓の数値」という表現が誤解のもとなのかもしれませんが

腎臓の数値が上がる → 腎臓が悪くなった

という単純な図式がいつも通じるとは限りません。
正しくは

腎臓の数値が上がる → 腎臓が悪くなった(のかもしれないし、他の要因による変化かもしれない)

ですので

フロセミドを使った → 腎臓の数値が上がった → 腎臓が悪くなった!

と早とちりしないよう注意してくださいね。

カリウムが少なくなる

フロセミドを使うと、身体の中にあるカリウムという物質が少なくなることがあります。
専門用語を使うと、低カリウム血症という状態です。

腎臓は身体の中のさまざまな物質を水に溶かして捨てる働きをしていますが、このやりとりの中にカリウムも含まれます。
フロセミドは身体の外に捨てるカリウムの量を増やすので、カリウム不足になることがあります。

腎臓での尿の作られ方のイメージ。覚える必要はありません。

では、カリウムが足りなくなると何が起こるのか?
これは程度次第で、ちょっと数値が低くなったくらいでは何も起こりません。
かなり少なくなってくると、心臓や全身の筋肉の動きに影響を与えます。

また、カリウムの主な補給源は食事で、大抵の食事には十分な量のカリウムが含まれているので、フロセミドを使っていても、普通に食事がとれていればあまり問題にはなりません。
逆に、フロセミドを使っている愛犬の食欲がなくなった場合は注意が必要なので、獣医さんに相談してみてください。

心臓を悪くする(可能性のある)仕組みが活性化する

生き物の生存において、水分はとても大切です。
そのため、人間や犬猫には、身体の中の水分を一定範囲に保つ仕組みがいろいろと備わっています。

利尿薬を使って身体の水分が減ると、今度は身体の水分を元に戻す仕組みが働き、いろいろな物質が出始めます(出典)。
それで水分が増えるだけなら良いんですが、実はこれらの物質が強く働き続けると、心臓にダメージを与えてしまうことが分かっています。

ただし、これも程度が大事で、実際にはそんなに大きな問題にはなりません。
飼い主さんの立場なら、「そういう話もある」くらいの認識で良いでしょう。

副作用のデータ

フロセミドを使ったときの副作用の種類や発生率については、参考となるデータがあります(出典1出典2)。

注意点ですが、このデータはフロセミドを使った犬に起こった「全ての」問題のデータです。
フロセミドと無関係な問題もカウントされているので、フロセミドによる副作用はこの表より少なくなります。

データからは、薬が効きすぎて尿が出すぎる、吐いたり下痢したりの消化器症状、そして腎臓の問題がメイン、しかも程度が軽いものがほとんどだと分かります。
ここでは分かりやすくするために表を簡単にしましたが、もとの論文では腎臓の問題の詳細についても書いてありますので、興味があれば確認してみてください。

経験的な話

個人的な経験からすると、フロセミドはそこまで怖いお薬ではありません。

これまで相当な数の犬たちに処方してきたので、中には脱水で調子が悪くなったり、腎臓の数値やカリウムなどの数値が変化した犬がいたのは事実です。

しかし、そうなる確率は高くありませんし、ほとんどは何か起こってからでも対処可能です。
ちゃんと診断をした上で適正な量を使用すれば、メリットのほうがずっと大きいお薬です。

むしろ、腎臓病だとか、もともと他の要因を持っていた子にフロセミドを使うときこそ注意という感じです。

利尿薬を使い始めたら

利尿薬を使い始めたら、以下の方法で様子を見るのがおすすめです。

  • 元気・食欲をみる
  • 病院で定期的に血液検査

元気・食欲に関しては、自宅であなたが確認できる項目です。
脱水がひどくなれば、本人としてはだるくなり、元気や食欲がなくなっていきます。
ただし、元気や食欲は利尿薬だけでなく、ありとあらゆる問題で変化するので、「元気食欲がない = 利尿薬のせい」と決めつけないように注意してください。
そもそも飼い主が自宅で愛犬の体調不良の原因を判断するのは難しいうえに必要性も小さいので、目立った変化があればまずは病院に相談することをおすすめします。

血液検査では、利尿薬が効きすぎたときに変化する可能性のある項目をチェックします。
血液尿素窒素(BUN)、クレアチニン(Cre)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、塩素(Cl)を中心に、定期的に調べてもらうと良いでしょう。
ちなみに、ナトリウム(Na)とカリウム(K)については、電解質(でんかいしつ)という項目でセットになって調べられます。
血液検査での変化は、元気・食欲の変化よりも前に分かることが多いので、フロセミドを使い始めたら、定期的な血液検査も一緒に行うことがおすすめです。
検査の頻度については、かかりつけの獣医さんに相談しましょう。
どれくらいの量の利尿薬を使うのか、心臓以外の問題があるのかなど、条件によって答えはケースバイケースです。

その他

利尿薬はだんだん効かなくなる?

「利尿薬を長く使い続けると、耐性ができて、だんだん効かなくなる」という話があります。

これは全くのでたらめとは言いにくく、フロセミドを使い始めて1〜2週間もすると、薬の効果が弱くなってくるかもと思わせるデータはあります(出典1出典2)。

ただし、「効きにくくなる」と「効かなくなる」は違います。
ちょっと効きにくくなる可能性はあるとしても、全く効果が無くなるわけではありません。

また、尿を増やすのは目的ではなく、犬の状態を安定させるための手段です。
長期使用で利尿薬の効果が落ちてきたとしても、犬の状態が安定しているなら特に問題はありませんし、薬の内容を見直して対応もできます。

結論として、飼い主さんの立場としては、利尿薬の耐性はあまり気にしなくても良いかと思います。

水分制限はするべき?

「利尿薬を使うときは、水を飲ませないようにするべき」という意見もあります。

確かに、「利尿薬を使うのは身体の水分を減らすためなのに、いっぱい飲んで水分補給してしまったら意味がないのでは?」という考えは頷けるものがあります。

しかし、今のところ、利尿薬を使っている犬に対する水分制限は主流ではありません。
犬の心臓弁の病気のガイドラインでも、飲水制限は行わないよう書かれています(出典)。
ただし、理由は動物愛護、つまり「喉が渇くのに飲めないのは辛いしかわいそうだから」ですが。

ちなみに僕も利尿薬を使っている犬に対して水分制限は行っておらず、むしろ「お水はいつでも飲みたいだけ飲めるようにしておいてください」とお願いしています。
水分制限をしたほうが治療効果は高いのかもしれませんが、経験上、自由に水を飲ませつつ利尿薬を使っても犬の状態は改善しますし、喉が渇くのに水が飲めないのは愛犬だけでなく飼い主心理にとっても辛いものなので、基本的には水分制限は行わなくて良いかと思います。

まとめ

最後に内容をまとめます。

  • フロセミドは尿を出させるお薬
  • 肺水腫など、心臓病によって起こった血液の渋滞が原因の症状によく効く
  • そんなに危険な薬ではない
  • 効きすぎにならないよう、血液検査や元気食欲でチェックしよう
  • 薬の耐性や、水分制限は気にしなくてOK

この内容が、あなたと愛犬が楽しく過ごす助けになれば幸いです。