僧帽弁閉鎖不全症の犬はどれくらい運動させて良いか?

犬の僧帽弁閉鎖不全症

僧帽弁閉鎖不全症の犬の運動について解説します。

結論

先に結論的なまとめを伝えると

  • 「運動は心臓の負担?」の前に、考え方を知ろう
  • 不明点が多いが、個人的見解としては
    • 健康な犬は普通に運動して大丈夫。心臓病にはならない
    • 軽度〜中程度の子は、あまり制限なし
    • 重度の子は状態に合わせて運動量を調節する
  • 運動後に急変しても、真の原因は「それだけ心臓が悪くなっていたから」
  • 最後はあなたと愛犬の価値観が問われる

になります。

詳しい説明を続けますが、長くなるので、ご興味があればお読みください。

運動は心臓の負担?

「運動させると、心臓の負担になりますよね?」

という質問は多いです。

「運動が心臓に負担をかける!」とネットでよく見るからかもしれませんが、残念ながらこれは良い結果につながりにくい聞き方です。

根本の考え方を学べば、もっとお得な質問ができるようになりますので、まずはそこから説明します。

負担は何にでもある

なぜ「心臓の負担ですか?」という質問が良くないのか?
それは負担は何にでもあるからです。

たとえば

「歩くのは足の負担でしょうか?」

という質問がきたら、どう回答するでしょうか?

歩くためには足を使いますから、正確に回答しようとすれば、「はい。負担です」以外の答えはありません。
「いいえ、負担はありません」と答えたら嘘になります。

しかし、「負担がある」のが事実だとしても、「負担があるから歩くのはやめましょう」「家でずっと横になっていましょう」とはなりません。
負担があってもみんな歩くでしょうし、足のケガや病気になる人も非常に少ないでしょう。

このように、負担の「有無」を聞いてもあまり意味はありません。
生きて何かをすれば、負担は必ずありますので、質問しなくても答えは分かりますし、あなたの判断の助けにもなりません。

程度を考えよう

負担の有無に意味がないのなら、何を聞くべきか?
それは、負担の「程度」です。

運動についてなら、「どの程度の」運動をしたら、心臓に「どの程度の」負担がかかるのか?と聞くべきです。

もっと細かく言うと

  • どんな状態の犬が(心臓病の種類、進行度)
  • どんな運動をすると(運動の種類、質、量)
  • 何が起こるか(起こりえること、起こる確率)

まで把握できたら、具体的な対策が考えられるようになります。

ちなみにこの話は運動に限りません。
負担という言葉を見たら、有無ではなく、必ず程度で考えるクセをつけましょう。

両面から考えよう

世の中に完璧なものはありません。
すべてに良い面と悪い面が存在します。

「欠点のある人とは付き合わない!」という方針の人が、誰とも付き合えなくなり、かえって損をするように、運動についても「運動は心臓の負担になりえるからダメだ!」という単純な発想では損をしかねません。
最後の結論は人によって違って良いですが、まずは運動の良い点、悪い点の両方を知り、総合的に考えるようにしましょう。

ちなみにこの話は運動に限りません。
何かを判断するときは、利点と欠点をセットで考えるクセをつけましょう。

運動は心臓に良い?

「良い、悪いの両面から考えよう」と伝えたので、ここで運動の負担ばかりでなく、運動の健康上の利点についても触れておきます。

といっても残念ながら、犬ではあまり調べられておらず、情報はほぼありません。

しかし人間では、運動をしているほうが心臓や血管に良い効果があることが分かっています。
運動によって心臓の機能が強化され、血圧を改善し、心筋梗塞や動脈硬化などの病気を防ぐと言われています(出典)。
また、あまり世の中に知られていませんが、心臓リハビリテーションという分野があります。
リハビリと聞くと、「骨折後の回復を助けるためにする運動」というイメージが強いと思いますが、実は心臓病に対するリハビリも存在し、運動などの対策で状態が良くなることが分かっています(出典)。
日本心臓リハビリテーション学会が情報発信をしてくれていますので、興味があれば参考にどうぞ。

日本心臓リハビリテーション学会 よくあるご質問

また、心臓以外も含めて良いのなら、運動のメリットはさらにいっぱいです。
糖尿病、各種のがん、メンタルの問題、認知症、便秘、血栓に対する有益な効果や、足腰や免疫機能の改善など、さまざまな良い効果が報告されています(出典)。

繰り返しますが、上記は人でのデータなので、犬に同じ結果を期待して良いのかは分かりません。
しかし、「運動は負担になりえるからダメ」という判断はちょっと一面的では?という視点は持つようにしてください。

運動は心臓の負担? まとめ

考え方の部分をまとめると

  • 負担の有無に意味はない
  • 負担の程度で考えよう
  • 悪い面だけ見ないで、総合的に考えよう

でした。

それでは、この考え方をもとに、僧帽弁閉鎖不全症の犬がどれくらい運動して良いかを考えていきます。

僧帽弁閉鎖不全症の犬はどれくらい運動して良いか?

残念ながら、僧帽弁閉鎖不全症の犬と運動の関係を調べた研究は多くなく、確たることは言えません。

とはいえ、「何も分からない」では参考にならないでしょうから、僕の意見を伝えます。
情報が少ないぶん、人によって判断が分かれがちですし、生き物相手はケースバイケースなので、もしここの意見と、愛犬を診てくれているかかりつけの先生の意見が違ったら、基本的にはかかりつけの先生の意見を優先することをおすすめします。

健康な犬

まずは心臓病ではない健康な犬から考えます。

いっぱい運動させると、心臓に負担がかかり、僧帽弁閉鎖不全症になる

という話がありますが、これはあまり根拠のない話です。
「私が運動させすぎたから愛犬を心臓病にさせてしまったのでは…」と悩んでいる飼い主さんは気に病む必要はありません。

たしかに理論的には、運動によって心臓に、もっと言えば僧帽弁に負担がかかります。
僧帽弁は心臓の中にあるドアですから、いつもより心臓が速く強く動けば、激しく開け閉めされ、弁に力がかかります。

僧帽弁が変形してしまう原因はあまり詳しく分かっていませんが、弁にかかる力も要因の一つになります(詳しくはこちらの記事を参照)。

なので

激しく運動する → 心臓がバクバクする → 僧帽弁が激しく開け閉めされる → 弁に力がかかる → 弁が変形する → 僧帽弁閉鎖不全症

という話は一理あります。

ただし、負担は有無ではなく程度で考える必要があります。
「運動によって心臓の弁に負担がかかるかどうか?」ではなく、「運動によって心臓の弁に問題が起こるほどの負担がかかるのか?」と考えなければいけません。

結論としては、普通の家庭の犬がする運動程度なら大丈夫だと思います。

参考情報は多くありませんが、3ヶ月間、週5回のペースで、けっこう激しい運動をした犬の心臓を調べてみたら特に変化はなかったという報告ならあります(出典)。
また、ビーグルに箱根駅伝の5区より急な坂を毎日40km走らせた報告もあります(出典)。
こちらの研究では残念ながら心臓の検査は行っていませんが、骨密度や体型や血液検査の数値に変化が出たくらいで、犬の調子が悪くなったりはしませんでした。
犬という生き物は鍛えると毎日フルマラソン並みの運動に耐えるので、犬よりも運動に付き合う人間側の負担を心配したほうが良いのでは…という気すらします。

もしくは違う角度から、「人が運動しすぎると心臓病になるのか?」と考えても良いかもしれません。
たとえば運動部の人はかなり運動しますが、それで心臓に負担がかかり心臓病になった人はどれくらいいるでしょうか?
もしかしたら「スポーツ心臓」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、これはプロ選手レベルの運動をしたときの心臓の変化ですし、心臓の弁が壊れるわけでもありません。

ということで、「健康な犬が運動によって僧帽弁閉鎖不全症になる」のは実際には難しいと思います。
運動を減らしたゆえの害だってあるでしょうから、気にせず楽しく暮らすことをおすすめします。

軽度の僧帽弁閉鎖不全症の犬

ここから僧帽弁閉鎖不全症の犬について考えます。
まずは軽度、犬の僧帽弁閉鎖不全症のガイドラインでいえば、ステージB1くらいの子で考えます。
ステージについてはこちらのページで解説していますが、B1だと僧帽弁が閉まらず血液が逆流しているけれど、心臓のサイズはまだ正常で、肺に水もたまっておらず、本人は元気な状態です。

こういう軽度の病状の子は、健康な犬と同じように運動してもらって良いと思います。

こちらも根拠となるデータは多くありませんが、軽度の僧帽弁閉鎖不全症のビーグルたちに週2回のペースで約2ヶ月間、けっこう激しい運動をさせたところ、心エコーや心電図や血圧などの結果は変化せず、むしろ犬たちの運動能力が上がったという報告があります(出典)。

僕の診療でも、軽度の僧帽弁閉鎖不全症で運動制限をお願いしたことはありませんが、今までのところ運動で心臓病が悪化したと思われるケースは経験していません。

中程度の僧帽弁閉鎖不全症の犬

犬の僧帽弁閉鎖不全症のガイドラインでいえば、ステージB2くらいの子を想定しています。
血液の逆流で心臓が大きくなってきたものの、肺に水はたまっていない状態です。
咳が出る子もいますが、呼吸が苦しくなることはなく、基本的には元気です。

この段階に対しても、さっきの軽度のときとほぼ同じく、普通どおり運動してもらって良いと思います。
一般家庭のお散歩程度ならまず大丈夫でしょう。

ただし、理屈の上では軽度のときより注意が必要になります。
いっぱい運動させると、中程度の僧帽弁閉鎖不全症の子は心臓のマーカーの数値が上がりがちだったという報告もあります(出典)。
一方で、中程度の僧帽弁閉鎖不全症の犬たちに週3回のペースで約2ヶ月間、けっこう激しい運動をさせて、心拍数や神経の働きを調べた研究では、運動による大きな問題は報告されていません(出典)。

細かいことをいうと、ステージB2の時期は長く、B2の前半なのか後半なのかで中身はけっこう違いますし、長期的に運動した場合のデータがないので、ケースバイケースで判断が変わる部分はあるかと思います。

個人的には、自分が診ているステージB2の症例で運動制限をお願いすることはまれです。
大きな症状がなく状態が落ち着いている子なら、運動によって調子が悪くなる例はかなり少ない印象です。

重度の僧帽弁閉鎖不全症の犬

ここでの重度はステージCからDを想定しています。
心臓病の影響で肺に水が溜まってしまい(肺水腫)、呼吸困難を起こしている、または起こしたことがある段階です。

これくらいの病状になると、さすがに慎重な対応が求められます。
場合によっては運動をやめたり、減らしたりする判断が必要になるでしょう。

ただし、同じ重度でも、今まさに肺水腫なのか、肺水腫から回復し落ち着いた後なのか、では状況が違いますので、分けて話をします。

肺水腫のとき

程度にもよりますが、基本的には肺に水が溜まれば呼吸が苦しいですので、このときの運動は控えましょう。

データの上でも、肺水腫を起こすような重度の心臓病の子はやはり心臓の機能が落ちており、運動が厳しいと報告されています(出典1出典2出典3)。

ただ、愛犬が苦しそうなのに無理やり運動させる人はいないでしょうし、入院している場合も多いでしょうから、あなたが知識不足で対応を間違えてしまうようなケースはほぼ無いかと思います。

肺水腫がないとき

たとえ重度の心臓病でも、肺の水が引いて落ち着けば運動できる場合はあります。
注意は必要でしょうが、まったく運動ができなくなるわけではありません。

この段階でのデータも多くありませんが、時速3〜5kmくらいで歩かせてみたところ、大きな問題は起こらず、むしろ状態が改善する子がいたという報告ならあります(出典1, 出典2)。

個人的にも、肺水腫から回復した後、軽いお散歩や遊び程度なら普通に楽しめている子をたくさん見てきています。

「軽いお散歩とはどれくらい?」と思うかもしれませんが、これは案外難しい問題です。
たとえば「お散歩は30分までにしてください」という指示は一見分かりやすそうですが、同じ30分の散歩でも、どんなコースをどんな速度でどんな体調のときにするかで身体への負担は変わってきます。
「心臓の検査をすれば、どれくらいお散歩させて良いか分かるのでは?」という期待をもつ人もいるかもしれませんが、残念ながら検査からそこまで詳細なことは分かりません。

そこで、僕がよくおすすめしているのは愛犬の判断に任せる方法です。
愛犬が自分から喜んで動こうとするならそのまま運動させ、苦しそうにしたり動きたくなさそうにしたら中止します。

苦しいのに無理して運動する犬はさすがに少ないでしょうから、あなたの目から見て、愛犬が普通に動きたがるなら、おそらくそのときは苦しくないだろうという考え方です。
「運動中は平気でも、その後に苦しくならないの?」と聞かれれば「可能性はある」としか言えませんが、そもそもこの段階では運動の有無に関わらず急変はありえますし、経験的にはこの方針で大ごとになるケースは少ないです。

状態別 運動量まとめ

ここまでの話をまとめると、個人的には僧帽弁閉鎖不全症の犬に対して

  • 軽度 運動制限なし
  • 中程度 運動制限ほぼなし
  • 重度(肺水腫) 安静。まずは状態を改善させる
  • 重度(肺水腫なし) 愛犬が無理なく動きたがるぶんだけ運動させる

という方針をおすすめすることが多いです。

判断はケースバイケースで変わりますので、あなたの愛犬の場合については、かかりつけの先生と相談されることをおすすめします。

急変する真の原因

そもそも、なぜこんなに運動のことが気になるのかといえば

  • 運動によって愛犬が苦しい思いをしないか怖いから
  • 飼い主がしたことで愛犬につらい思いをさせてはいけない

などの飼い主心理からではないでしょうか?

実際、こう考える人は多いですし、運動後の愛犬の急変に対して自分を責め続けてきた飼い主さんにも会ってきました。

しかし、覚えておいて欲しいのは、仮にあなたの愛犬が運動後に倒れたとしても

真の原因は「心臓が悪かったから」であって、「運動させたから」ではない

ということです。

運動がきっかけになったのは事実かもしれませんが、それは最後のひと押しに過ぎません。
単に運動が原因なだけなら、健康な犬だって運動でバタバタ倒れるはずです。
真の原因は「それくらいの運動で急変するほど心臓が悪くなっていた」と捉えるほうが適切です。

仮に我々に予知能力があって、このあとお散歩に行くと愛犬が急変することが分かったとします。
お散歩を中止すれば急変を避けられるかもしれませんが、それで心臓が治るわけではありません。
残念ですが、近いうちに別の理由をきっかけに愛犬は急変するでしょう。

愛犬を苦しめてやろうと強制的に運動させたのならまだしも、そうでなければ急変は誰の責任でもないことです。
ついつい自分を責めてしまうのは分かりますが、愛犬もそんなことは望まないでしょうし、必要以上に自分に厳しくしないようにしてくださいね。

あなたと愛犬の価値観が問われます

ここまでは主に、「僧帽弁閉鎖不全症の愛犬をなるべく健康に長生きさせるには、どれくらいの運動が適切か?」という視点で語ってきました。

多くの飼い主さんが望む大切なことではありますが、究極的には健康や長生きは目的ではなく、あなたと愛犬が楽しく暮らすための手段のはずです。
獣医さんは職業的に健康や長生きを目的としてアドバイスをしてくれるでしょうし、重要な意見として参考にすれば良いと思いますが、家族としてはそれだけでなく

どうしたら愛犬が一番幸せか?

と考えるのが大切ではないでしょうか。

そして、この問いに対する答えは家庭によって違うはずです。

多少リスクを負ってでも動きたい運動大好きな犬もいるでしょうし、安静にしても何も困らない運動嫌いの犬もいるでしょう。
性格だけの話でなく、高齢の犬なら、足腰や他の臓器の問題など、心臓以外の理由で運動を控えたほうが良い子だっています。
家族の側でも、愛犬とのお出かけが好きな人から家で一緒に過ごすのが好きな人、長生きを重視する人から愛犬らしく生きるのを重視する人など、価値観や条件は多様ですから正解はさまざまです。

あなたと愛犬の場合はどうでしょうか?
愛犬が一番幸せになる方針は獣医師には分かりませんし、愛犬も喋れない以上、ここは飼い主のあなたが考えて決めるしかないところです。

「自由に運動を楽しめる。リスクやデメリットは一切ない」のような大正解の選択肢が選べるなら誰も困りませんが、大半は「何をどれくらい重視して、それにともなうリスクやデメリットをどれくらい受け入れるのか」という話になるので、「自分の判断で大丈夫だろうか」「愛犬を苦しめるようなことにならないか」と悩む飼い主さんが出てくるのも無理はありません。

実は、僕も子供のころ、心臓病の愛犬相手に同じ悩みを持ったことがあります。
獣医さんからは運動を控えるように提案されましたが、ウチの子は散歩が大好きだったので、制限をせず自由に散歩させる方針にしました。
急変するのではという不安はありましたし、最悪の結果になっても自分の責任で引き受ける覚悟も問われましたが、代わりに楽しく納得のいく毎日を過ごせました。

簡単ではないですが、あなたと愛犬が最も幸せで、最も納得のいく運動の方針を考えてもらえたらと思います。

まとめ

最後にまとめると

  • 「運動は心臓の負担?」の前に、考え方を知ろう
  • 不明点が多いが、個人的見解としては
    • 健康な犬は普通に運動して大丈夫。心臓病にはならない
    • 軽度〜中程度の子は、あまり制限なし
    • 重度の子は状態に合わせて運動量を調節する
  • 運動後に急変しても、真の原因は「それだけ心臓が悪くなっていたから」
  • 最後はあなたと愛犬の価値観が問われる

となります。

この情報が、あなたと愛犬がより楽しい毎日を過ごせる助けになりますように。