犬の僧帽弁閉鎖不全症のステージ別の治療

犬の僧帽弁閉鎖不全症

犬の僧帽弁閉鎖不全症の治療内容が進行度とともにどう変わっていくのか説明します。

全体像

アメリカ獣医内科学会(ACVIM)が出している犬の僧帽弁閉鎖不全症のガイドライン(出典)でおすすめされている治療は以下のようなイメージです。

図に示したのは主なものですが、生き物の治療はケースバイケースなので、図の通りとは限らない点には注意してください。
愛犬の治療内容に疑問があれば、ここを含むネットの情報だけで自己判断せず、かかりつけの先生とよく相談されることをおすすめします。

それではここから順番に、ステージごとの治療について説明していきます。

ステージAの治療

ステージAはまだ病気ではなく、僧帽弁閉鎖不全症のリスクのある犬種という意味です。

病気ではないので、この段階では治療は特に必要ありません。
心臓の定期チェックがおすすめされるくらいです。

チェックはそれほど頻繁である必要もなく、ガイドラインでも「年に1回くらいは心臓の音を聴いてもらいましょう」くらいの感じです(出典)。
ワクチン接種やフィラリア予防などのついででも良いので聴診してもらいましょう。

ちなみに、僧帽弁閉鎖不全症に対しては、心エコー検査のほうが聴診よりも早く心臓の異常を見つけられます。
費用がかかりますし、早期発見が必ずしも正義とは限りませんので、万人におすすめするわけではありませんが、もし早めに病気を発見したいのであれば心エコー検査も検討すると良いでしょう。

ステージB1の治療

僧帽弁で血液の逆流が見られ、病気と診断されるとステージBに分類されます。
ただし、B1はまだ逆流の量は多くなく、心臓のサイズも正常な段階です。

この段階では治療はまだ行わず、いわゆる経過観察となります。

「病気と分かっているのに何もできないの?」とあせる人もいるかもしれませんが、この段階できちんと有効性が証明された治療法はまだ存在しません。
見方を変えれば、まだ病状が軽いので、何もしなくても大丈夫な段階とも言えるでしょう。

ただし、僧帽弁閉鎖不全症は進行していく病気なので、定期チェックはおすすめです。
ガイドラインでは、半年から1年おきくらいに心エコー検査(難しければレントゲン)での定期チェックがおすすめとされています(出典)。
僕の診療でも似ていますが、半年くらいで再診となる子のほうが多いです。

ステージB2の治療

僧帽弁での血液の逆流があるだけでなく、心臓が大きくなってくるとステージB2と診断されます。

一般的には、このステージB2から治療が開始されます。

ここではピモベンダンというお薬が、僧帽弁閉鎖不全症の進行を遅らせることを目的として使われます。
なぜこのお薬なのかと言うと、EPIC study(エピックスタディ)という臨床試験の結果が根拠になっています(出典)。

内容を簡単に言うと

  • ステージB2の犬をたくさん集める
  • ピモベンダンを飲ませるグループ、飲ませないグループの2つに分ける
  • その後、2つのグループの心臓病がどうなっていくのかを調べた

という試験です。

結果は、グループの半数で病気の進行が見られるまでの期間が、ピモベンダンを飲ませたグループで1,228日、飲ませないグループで766日となりました。
つまり、ピモベンダンを飲ませたほうが心臓が長持ちしたという結果です。

その他、ガイドラインではステージB2の犬に対して、ピモベンダン以外のお薬や軽い食事制限もおすすめされています。
ただし、ピモベンダンのように臨床試験でしっかり効果が確かめられているわけではなく、獣医さんによって考えが分かれるため、弱いおすすめになっています。

ピモベンダンは安全?

心臓の治療でお薬を始めるにあたり、飼い主さんが気になるのがお薬の安全性でしょう。
「本当に心臓に良いなら始めたいけれど、副作用が大きくないか不安」はよくある声です。

結論から言うと、ピモベンダンは安全性が高いお薬です。
たとえば上記のEPIC studyという研究では、犬たちは4年以上ピモベンダンを飲んでいますが、飲んでいないグループと比べて、特別困ったことは増えませんでした(出典)。

その他、おやつと間違えたのか、一気に1ヶ月分のピモベンダンを食べてしまったというケースの報告もありますが、お薬による大きな問題は起こっていません(出典)。
ちなみに僕の診療経験でも、家族の目を盗んでピモベンダンをドカ食いした犬を2頭見ていますが、その子達も大きな問題はありませんでした。

もちろん、薬として効果がある以上、副作用がゼロというわけにはいきません。
でも上記のようにピモベンダンの副作用はそれほどでもないので、安全性についてはあまり心配しなくても良いかなと思います。

薬を始めたらもうやめられない?

場合によるとしか言えませんが、やめられるケースはあります。
特にステージB2で薬を始めたばかりの段階なら、お薬をやめても、目に見えて何かが起こるケースは少ないと思います。
詳細は犬の僧帽弁閉鎖不全症の治療の考えかたで説明しましたので、そちらをご覧ください。

ステージCの治療

心臓病によって肺に水が溜まる(肺水腫)とステージCと診断されます。

この段階になるパターンは2つあり、突然状態が悪くなった急性期と、徐々に具合が悪くなってきた慢性期に分けられます。

急性の場合は入院しての集中治療が主体となり、ある意味獣医さんにお任せになるため、慢性のほうが飼い主の知識的には重要かもしれませんが、一応順番に解説します。

急性期の治療

急激に肺水腫が起きて呼吸困難を起こした場合は、病院での集中治療を行います。

入院室に酸素を多く流して呼吸を助けつつ(酸素室)、注射や点滴で利尿薬や強心薬などのお薬を使っていく形が基本です。
呼吸が苦しくてパニックになると、さらに呼吸が悪くなる子もいるので、鎮静剤を使って落ち着かせることもあります。

基本的には動物病院スタッフの目が届く入院室が与えられ、愛犬の様子に変化があれば素早く対処されることになります。

慢性期の治療

病気が徐々に進行して肺水腫になってきた場合は、自宅での管理が中心になります。
または、最初は急性の肺水腫で入院治療になっても、回復して退院した後は慢性期に入ると考えて良いでしょう。

この段階で使用されるお薬としては

  • 利尿薬(フロセミド、トラセミドなど)
  • ピモベンダン
  • ACE阻害薬(エナラプリル、ベナゼプリルなど)
  • スピロノラクトン
  • など

が使われます。

利尿薬は正確にはループ利尿薬と呼ばれるジャンルのお薬で、代表格としてフロセミド、トラセミドなどがあります。
肺水腫を含む、心臓病によって出てきた症状に対して有効で、ステージC以降の治療の要と言えるお薬です。

ピモベンダンはステージB2のところでも出てきたお薬です。
主にQUEST study(クエストスタディ)という臨床試験の結果を根拠として、ステージCの犬に対しても使用がおすすめされています(出典)。

ACE阻害薬(えーすそがいやく)は、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(Angiotensin Converting Enzyme Inhibitor)というジャンルのお薬で、代表格としてエナラプリル、ベナゼプリルなどがあります。
名前だけでなく、この薬が効く仕組みもややこしく難しいので、とりあえず「心臓の頑張りすぎを抑えて、心臓を長持ちさせる」イメージを持っておいてください。
LIVE study(ライブスタディ)(出典)、BENCH study(ベンチスタディ)(出典)という臨床試験で、このステージCくらいの病状の犬に効果が認められています。
ただしACE阻害薬の効果はマイルドなので、このお薬を使う・使わないで大きく運命が変わるようなものではありません。
効果のマイルドさの裏返しで、安全性が高いお薬でもあります。

スピロノラクトンは大まかには利尿薬のジャンルに入れられますが、尿を出させる効果は弱く、ACE阻害薬のように「やんわり心臓を保護する」感じのお薬です。
ステージCくらいの状態の犬を対象にした臨床試験の結果をもとに用いられています(出典)。

上記以外にも、血管を広げるお薬、不整脈のお薬、咳止めのお薬など、犬の状態に合わせた治療も行われます。

ステージDの治療

「頑張って治療してはいるけど、思うように状態を良くしてあげられない段階」という難治性の段階がステージDに分類されます。

この段階の治療は、これまでにしていたことを強化するというイメージが強いです。
利尿薬や強心薬の量を増やしたり、新たな薬を追加したりして、動物を少しでも楽にできるように対処します。
心臓病に限りませんが、末期に近づくほど症状は「何でもあり」に近づいていきますので、治療も病状に合わせてさまざまになっていきます。

以上が犬の僧帽弁閉鎖不全症の大まかなステージ別の治療です。
生き物相手なので例外もありますが、全体像をつかむ参考になれば幸いです。