猫の心筋症の治療

猫の心筋症

猫の心筋症の治療について解説します。

猫の心筋症の治療の全体像

猫の心筋症については、アメリカ獣医内科学会(ACVIM)より、診断や治療のガイドラインが発表されています。(出典
そのガイドラインにある治療のイメージは以下のようになります。

猫の心筋症の治療のポイント

個別の治療の話の前に、全体に通じる以下の重要ポイントを説明しておきます。

  1. 治療の根拠は少ない
  2. 心筋症のタイプで治療は変わらない
  3. 基本は対症療法

順番に解説します。

治療の根拠は少ない

猫の心筋症の治療については、まだ調べられていないことがたくさんあります。

調べられていないことは誰にも分からないので、ガイドラインには「研究によって有効性が確かめられた治療」よりも、「ガイドラインを作った人たちの個人的な意見やおすすめ」がたくさん載っています。
実際、ガイドラインにはそれぞれの項目について根拠の程度(LOE: Level Of Evidence)も一緒に書かれていますが、多くの治療が「弱い根拠(LOE low)」となっています。

猫の心筋症のガイドラインの一部。LOE lowという記載があります。
出典: J Vet Intern Med. 2020 May;34(3):1062-1077.

一般には「専門家が作ったガイドラインにある治療だから正しいんだろう」と捉えられると思いますが、残念ながら、そこまで鵜呑みにできるものではありません。

ただし、ガイドラインの内容の是非を判断するのは、飼い主さんにはハードルが高すぎます。
完璧ではないにせよ、限られた情報の中、専門家が一生懸命考えて作ってくれたのがこのガイドラインですから、「内容を絶対視はしないものの、基本的にはガイドラインの内容をもとに判断する」くらいの態度をおすすめします。

心筋症のタイプで治療は変わらない

心筋症には、肥大型や拡張型など、複数のタイプがあります。

このタイプに合わせて治療するというイメージを持つかもしれませんが、現在のところ、どのタイプの心筋症でもあまり治療内容は変わりません。
将来的には変わるかもしれませんが、今はまだ心筋症のタイプ別の治療の研究が進んでいないからです。

飼い主としては、愛猫の治療を考える時、心筋症のタイプについてはあまり気にしなくても良いでしょう。

基本は対症療法

愛猫が心筋症と診断されても、何も症状が出ていないうちは治療の選択肢は乏しいです。
ある程度心臓が大きくなってきてから、血栓の予防をするくらいです。

よって、メインの治療は、心筋症によって愛猫に何らかの症状が出てきてから行う、いわゆる対症療法になります。
例を挙げると

  • 呼吸が苦しい → 酸素吸入、利尿薬、胸に溜まった水を抜く
  • 足が痛い・動かない → 鎮静・鎮痛薬、血が固まらないようにする薬

などの治療が行われます。

猫の心筋症のステージごとの治療

ここからは具体的に、猫の心筋症のステージごとの治療内容を説明していきます。

ステージB1

ステージB1は、心筋症と診断はされたものの、まだ程度は軽く、心臓のサイズは正常で、症状もない段階です。
病気ではありますが、猫はとても元気です。

この時期に行う治療はほぼありません。
将来に向けて、心筋症の進行を遅らせられるならそうしたいところですが、その効果が証明された治療は見つかっていません。

例外として、血液の通り道が狭くなってしまう、ちょっと特殊なタイプの肥大型心筋症に対しては、βブロッカー(β遮断薬)という「心臓を強く速く動かす神経の働きを抑える薬」が使われることがあります。
ただし、この治療についても、「検査結果は良くなるが、肝心の猫の様子は変わらない」という微妙な感じです(出典1出典2出典3)。

ステージB2

ステージB2は、血液が渋滞し、心臓のサイズが大きくなり、呼吸困難や血が固まる(血栓)リスクが高くなってきた段階です。

この時期には、クロピドグレルという、血栓ができるのを予防するお薬を始めるようガイドラインでは推奨されています。
猫の心筋症では数少ない根拠のある治療で、FAT CAT studyという臨床試験の結果がもとになっています(出典)。

ただし、

  • 心筋症の猫が血栓症になる確率は10年で10%くらい(出典
  • クロピドグレルの味を嫌って、飲ませるのが大変な猫もいる(出典

などの点もあるので、かかりつけの先生と相談の上で、治療を開始するか判断することをおすすめします。

ステージC

ステージCは、心筋症によって胸のスペースや肺に水が溜まって呼吸困難を起こしたり、血栓が足などの血管に詰まったりなど、明らかな症状が出てくる段階です。

症状が出てきたばかりで今まさに苦しい状況の急性期なのか、ある程度時間が経過して落ち着いた慢性期なのかで対処は変わりますが、主に以下のようなことが行われます。

  • 肺や胸のスペースに水が溜まり呼吸が苦しい → 酸素吸入、利尿薬、胸の水を抜く
  • 心臓があまり動けなくなっている → 強心薬
  • 血栓ができた → 血が固まりにくくなる薬、鎮静・鎮痛薬

ステージD

ステージDのキーワードは「難治性」で、頑張って治療をしているんだけど、なかなか状態を安定させてあげられない段階です。

ここでの治療はステージCの延長で、基本的な戦略は変わりません。
お薬の量や種類を増やしたり、別の種類の利尿薬に変えてみたりと、愛猫の状態に合わせて治療の内容を調整して対処します。

まとめ

あらためて、猫の心筋症の治療の全体像を載せると以下のようになります。

猫の心筋症の治療は難しく、獣医師でも難儀しますので、飼い主の立場なら完璧な理解は難しいし必要もありません。
大まかなイメージだけでもつかんでおいてもらえば十分だと思います。

この情報があなたと愛猫のお役に立てば幸いです。